なぜ信号の青は緑色なのか?——図工で習った色の名前の話

なぜ信号の青は緑色なのか? 図工・美術

秋晴れの日曜日、小学2年生の姪っ子と散歩をしていたときのことです。横断歩道の前で信号を待っていると、姪っ子が真剣な顔で言いました。「ねえ、青になったら渡るんだよね。でもあれ、みどりだよ?」

言われて見上げると、たしかに光っているのは、空の青とはまるで違う、少し青みがかった緑色。私は「青信号」と何十年も呼んできたのに、その色が「緑」だということに、ちゃんと向き合ったことがありませんでした。

姪っ子はさらに続けます。「図工の絵の具だと、これは『みどり』だよ。先生もそう言ってた」。夏休みの宿題で、信号の絵を青い絵の具で塗って、友だちに「それ、ちがう色だよ」と言われたのだそうです。

毎日見ているのに、毎日ちがう名前で呼んでいる色。それが「青信号」です。

たくさんの色が並んだ固形水彩絵の具

実はこれ、図工で習った「色の名前」の話なんです

小学校の図工で絵の具セットを開いたとき、チューブには「あお」「みどり」「きみどり」などの名前がついていました。中学校の美術では、色を輪のように並べた「色相環(しきそうかん)」も習いましたね。赤・だいだい・黄・黄緑・緑・青緑・青・青紫・紫……と、色が少しずつ移り変わっていく、あの丸い図です。

色相環で見ると、信号の「青」は、緑と青のあいだにある「青緑」のあたりに位置します。図工の言葉で言えば、姪っ子の言うとおり「みどり」寄りの色。ところが日本語では、それを「青」と呼んでいるのです。

教員時代、図工の時間に子どもたちと色の名前を集める活動をしたことがあります。黒板に「あお」と書いて、思いつく「あおいもの」を挙げてもらうと、空、海、プール……に混じって、「青りんご」「青虫」「青信号」が次々に出てきました。すると誰かが「あれ、これ全部みどりじゃない?」と気づき、教室が大騒ぎになったのを覚えています。

色の名前は、目で見た色そのものではなく、言葉が決めた「色の区切り方」なのです。

日本語の「青」は、とても広い色だった

謎を解くカギは、昔の日本語の「青」が、今よりずっと広い範囲の色を指していたことにあります。

古い日本語で、色そのものを表す言葉はとても少なかったと言われています。よく挙げられるのが「赤・黒・白・青」の4つ。赤は「明るい」、黒は「暗い」、白は「はっきりした」、そして青は「ぼんやりした、淡い」という感覚から生まれた言葉だという説があります。つまり「青」は、今でいう青も緑も灰色っぽい色もまとめて包みこむ、大きな風呂敷のような言葉だったのです。

たとえるなら、絵の具セットの色数のようなものです。4色しかない絵の具セットで絵を描くなら、「青」のチューブで空も木の葉も塗るしかありません。あとから「緑」のチューブが仲間入りしても、昔から「青」で塗っていたものの呼び名は、そのまま残ってしまう。青信号は、その「昔の塗り方」がそのまま名前に残った例なのです。

信号機の歴史を見ると、それがよくわかります。日本で初めて自動の信号機が置かれたのは1930年(昭和5年)、東京・日比谷の交差点でした。このとき法令の上では、実は「緑色信号」と書かれていたそうです。ところが人々は、自然と「青信号」と呼び始めました。その呼び方がすっかり広まったため、1947年(昭和22年)には法令のほうが「青信号」に改められたのです。

さらにおもしろいのはその後です。呼び名が「青」になったので、色のほうも少しずつ名前に歩み寄り、1973年(昭和48年)ごろからは、国際的な決まりで認められた緑の範囲の中で、できるだけ青に近い色で作られるようになりました。今の信号が「緑なのに、ちょっと青っぽい」のは、そのためです。

名前が色に合わせたのではなく、色のほうが名前に歩み寄った——信号の「青」は、言葉の力が色を動かした珍しい例なのです。

枝になる黄緑色の青りんご

じゃあ、これも同じ原理では? 暮らしの中の「緑なのに青」

「日本語の青は広い」とわかると、身の回りの言葉がまったく違って見えてきます。

例1:青りんご、青汁、青虫——食卓と庭の「青」

黄緑色の「青りんご」、深い緑の「青汁」、葉っぱと同じ色の「青虫」。どれも図工の絵の具なら「みどり」か「きみどり」で塗る色です。八百屋さんの店先で「青菜」と書かれたほうれん草や小松菜を見かけたら、それも同じ仲間。緑色の食べ物の多くが、昔の「青」の名前を今も名乗っているのです。

例2:「青二才」「青田買い」——未熟さを表す青

まだ熟していない果物や稲は、緑色をしています。そこから「青」には「若い」「未熟な」という意味が生まれました。経験の浅い若者を指す「青二才」、実る前の田んぼを先に買う「青田買い」、そして「青春」や「青年」。これらの「青」も、もとをたどれば実る前の緑色なのです。

例3:海外の友人に「青で渡って」と言ったら、ヒヤッとした話

英会話教室に通う知人の話です。日本に遊びに来たアメリカ人の友人と交差点に立ったとき、つい英語で「ブルーになったら渡ろう」と言ってしまいました。友人は信号をじっと見つめたまま、いつまでたっても歩き出しません。「ブルーのライトなんてどこにもないよ」と言われ、慌てて「グリーン!」と言い直したそうです。英語では信号は「green light」。同じ色を見ていても、言葉がちがえば、区切り方もちがうのです。

例4:虹の色の数も、国によってちがう

日本では虹は「7色」と習いますが、英語圏では6色、国や地域によっては5色や3色と数えることもあるそうです。空にかかる虹は同じでも、「どこで色を区切るか」は言葉と文化が決めている。信号の青と、まったく同じしくみです。

「何色に見えるか」は目が決め、「何色と呼ぶか」は言葉が決める。この2つは、いつも同じとは限りません。

虹の順に並べた色鉛筆

色相環は、言葉と色をつなぐ「地図」だった

散歩の帰り道、姪っ子に「昔の人は、みどりのことも『あお』って呼んでいたんだよ」と話すと、「じゃあ、信号の絵を青で塗ったわたしも、昔の人ならせいかいだね!」と、うれしそうに笑っていました。

図工や美術の時間に、色相環を色鉛筆でていねいに塗り分けた記憶のある方も多いと思います。当時はただの「色の並び表」に見えていたかもしれません。けれど、あの丸い図は、言葉では「青」と一言で呼んでしまう色の中にも、たくさんの段階があることを教えてくれる地図だったのです。

私は今でも、気になる色に出会うと、手帳を開いて万年筆で色の名前をメモするようにしています。「浅葱色(あさぎいろ)」「青磁色(せいじいろ)」「若竹色」——日本の伝統色には、青と緑のあいだの色の名前がたくさんあります。名前を知るたびに、ふだん見ている景色の解像度が少しずつ上がっていくのを感じます。

次に青信号を渡るとき、「これは昔の日本語の青なんだ」と思い出してみてください。いつもの交差点が、少しだけ特別に見えるはずです。

次回予告と、学び直しのおともに

次回は、朝晩が冷えこみ始めるこれからの季節にぴったりの理科のお話。「なぜ暖房をつけても足元は寒いのか?」——対流で習ったあの話をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。

「青と緑のあいだの色、もっと知りたくなった」という方には、日本の伝統色を写真や色見本と一緒に紹介した色の本を、お手元に置いてみてください。お気に入りの色鉛筆で、自分だけの色相環を描いてみるのも、大人の図工の時間としておすすめです。

知っている言葉の中に、まだ知らない歴史が眠っている。それを見つけるのが、学び直しの楽しさです。

より深く知りたい方へ

「青信号なのに、なぜ緑色なのか」については、大分県警察のQ&Aページで、1930年の「緑色信号」から1947年の「青信号」への変更、1973年以降の信号機の色について、わかりやすく説明されています。お子さんと一緒に読んでみるのもおすすめです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました