なぜお風呂は表面だけ熱いのか?——対流で習ったあの話

なぜお風呂は表面だけ熱いのか? 理科
湯船のふちについたお湯の蛇口

肩まで浸かると熱いのに、つま先だけぬるい

朝晩がぐっと涼しくなって、夏のあいだはシャワーで済ませていた方も、そろそろ湯船にお湯を張りたくなる季節になりました。少しぬるくなったお風呂に「追い焚き」ボタンを押して、ピピッと鳴ったら入る。手を入れてみると、ちょうどいい熱さです。

ところが、いざ体を沈めてみると、肩のあたりはじんわり熱いのに、足の先だけがなんだかぬるい。ひざを抱えて座っていると、お尻の下にひんやりした水がたまっているような感じさえします。思わず手で湯船をぐるぐるかき混ぜて、「あれ、今度はちょっとぬるくなった」とがっかりした経験のある方も多いのではないでしょうか。

前回は「暖房をつけても足元だけ寒い」理由を、空気の対流からお話ししました。今回はその続きで、舞台をリビングからお風呂場に移します。同じ「あたためたのに、下だけ冷たい」という現象ですが、お風呂のほうには、対流のもうひとつの顔が隠れているのです。

手で確かめた「ちょうどいい」は、湯船のいちばん上の数センチの温度にすぎません。

試験管の「上だけ」を温めた、あの実験を覚えていますか

小学校4年生の理科「もののあたたまり方」では、水のあたたまり方を調べるために、試験管を使った実験をよく行います。温度によって色が変わるインク(示温インク)を混ぜた水を試験管に入れ、アルコールランプで熱して、どこから色が変わっていくかを観察するのです。

この実験には、2つのパターンがあります。ひとつは試験管の下のほうを熱するもの。すると、温められた水がゆらゆらと上へのぼり、しばらくすると試験管の水全体の色が変わります。これが前回お話しした「対流」です。

もうひとつは、試験管の上のほうを熱するもの。こちらは、上の水だけがどんどん色を変えるのに、下のほうはいつまでたっても元の色のまま。上の水が沸騰しかけていても、底を触るとまだ冷たい、ということさえあります。

教員時代、この「上を熱する」実験をすると、子どもたちは決まって「え、なんで下まで来ないの?」と声をあげました。金属の棒なら、どこを熱しても熱は順番に伝わっていきます。それなのに水は、上を熱すると上だけで止まってしまう。この意外さこそ、今日のお風呂の謎を解く鍵です。

実はあの試験管の中で起きていたことが、毎晩の湯船の中でそのまま起きているのです。

熱いお湯は「上に乗ったまま」動かない

しくみはとてもシンプルです。水は温められると、ほんの少しだけふくらんで軽くなります。反対に、冷たい水は重くなります。だから、温かい水は上へ、冷たい水は下へ行こうとします。

試験管の下を熱した場合、底で温められた水は「軽いのに下にいる」という、落ち着かない状態になります。だから上へのぼり、代わりに上の冷たい水が下りてくる。この入れ替わりがぐるぐる続くのが対流でした。

では、上を熱した場合はどうでしょう。温められた軽い水は、最初から上にいます。冷たい重い水は、最初から下にいます。つまり、すでに「あるべき場所」におさまっているので、入れ替わる理由がないのです。対流が起きないので、熱は水そのものの中をじわじわと伝わっていくしかありません。ところが、水は金属にくらべて熱をとても伝えにくい物質です。だから、上だけ熱くて下は冷たいまま、という状態が長く続きます。

お風呂の追い焚きも同じです。多くのお風呂では、湯船の側面についている丸い吸い込み口から、ぬるくなったお湯を吸って給湯器で温め、同じ口から熱いお湯を戻しています。戻ってきた熱いお湯は軽いので、すぐに上へのぼって水面近くにたまります。下にあった冷たいお湯は重いので、そのまま底に残ります。こうして湯船の中に、上が熱く、下がぬるい「温度の層」ができあがるのです。理科ではこれを「成層(せいそう)」、つまり「層になって重なった状態」と呼ぶこともあります。

知人から、こんなヒヤッとする話を聞いたことがあります。冬の夜、高齢のお父さまのためにお風呂を準備していたときのこと。ぬるくなった湯船の追い焚きをしながら、腕を底のほうまで入れて確かめると「まだぬるい」。そこで追い焚きを何度も延長しました。ところが、そのあいだに熱いお湯はどんどん水面近くにたまっていたのです。お父さまが肩まで浸かった瞬間「熱っ!」と飛び上がり、あわててかき混ぜたら、今度は全体が熱すぎてしばらく入れなかった、というオチでした。やけどにならなかったのが幸いです。

湯船の温度を確かめるときは、表面だけ、底だけで判断せず、まずよくかき混ぜてから。そんな昔ながらの知恵には、ちゃんと理科の裏付けがあったわけです。

対流は、下を温めたときにしか起きない。これが対流の「もうひとつの顔」です。

朝霧が低くたなびく山あいの草原

「温度の層」は、家の中にも自然の中にもある

「軽いものが上、重いものが下で落ち着くと、混ざらなくなる」。この原理を知ると、あちこちで同じ景色が見えてきます。

  • 給湯器の貯湯タンクは、上が熱湯・下が水:夜のうちにお湯を沸かしてためておくタイプの給湯器(エコキュートなど)のタンクは、この「温度の層」をわざと利用しています。熱いお湯は上から取り出し、減った分の水は下から入れる。混ざらないからこそ、たくさん使っても最後まで熱いお湯が出てくるのです。
  • 冬の池は、表面が凍っても底は凍らない:水はおよそ4℃のときにいちばん重くなります。冬に表面が冷やされて4℃になった水は底へ沈み、それより冷たい水は軽いので上に残ります。こうして底には4℃前後の水がたまり、表面の氷がふたの役目をするので、魚たちは底で冬を越せるのです。
  • よく冷えた朝、盆地に霧や煙がたなびく:晴れた夜に地面がぐっと冷えると、地面近くに冷たく重い空気がたまり、その上に暖かい空気が乗ります。空気版の「温度の層」で、天気予報では「逆転層」と呼ばれます。空気が上下に混ざらないので、霧や煙がふたをされたように低いところに横たわるのです。
  • 夏のプールや海で、足元だけひやっとする:日差しで温められるのは水面近くだけ。上から温めているので対流が起きず、少しもぐると急に冷たくなります。泳いでいて「ここから急に冷たい」と感じる境目は、まさに温度の層の境目です。

湯船も、タンクも、冬の池も、朝の盆地も。「上から温まったものは混ざらない」という同じ理屈で説明できます。

くるくると巻いて重ねたバスタオル

「かき混ぜる」は、人の手でつくる対流だった

こうして見てくると、お風呂をかき混ぜるという何気ない動作の意味が、少し違って見えてきませんか。上から熱いお湯が入ってきて、自然には対流が起きない。だから、人の手で上と下を入れ替えてあげる。かき混ぜるとは、自然に起きない対流を、手で代わりに起こしてあげることだったのです。

前回の「暖房の足元問題」で、サーキュレーターを天井に向けると部屋があたたまりやすい、というお話をしました。あれも同じです。天井にたまった暖かい空気を、人の力で下へ押し戻している。空気でもお湯でも、「上にたまった熱を下へ運ぶ」ことが、ムラをなくすいちばんの近道なのです。

教員時代、試験管の実験のあと、子どもたちには理科ノートに「下を熱したとき」「上を熱したとき」の2つの図を並べて描いてもらっていました。下を熱した図には、水がぐるぐる回る矢印が描けます。ところが上を熱した図には、その矢印が描けないのです。矢印が回る図と、矢印の描けない図。あの2枚を並べて描いたことに、こんな暮らしの答えが詰まっていたのだと、今になって思います。

今夜お風呂に入るときは、湯船に手を入れて、上と下の温度の違いを確かめてみてください。そして、ゆっくりかき混ぜたときに、足元までふわっと温かさが広がっていく感覚を味わってみてください。それは、あの日の試験管の中でインクの色が変わっていった瞬間と、まったく同じことが起きているのです。

「対流が起きる理由」を知ると、「対流が起きない理由」も見えてくる。学び直しの面白さは、こういうところにあります。

次回は、教科を変えて、暮らしの中の「なぜ?」をまたひとつ取り上げます。どうぞお楽しみに。

より深く知りたい方へ

水の温まり方の実験は、文部科学省の小学校学習指導要領解説(理科編)の第4学年「金属,水,空気と温度」で扱われています。水が約4℃で最も重くなる性質は、中学校理科や高校の化学・物理でくわしく学ぶ内容です。池や湖の「温度の層」については、気象庁や各地の水族館・博物館の解説ページでも、図入りでわかりやすく紹介されています。

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